カテゴリー: 人間関係・友達

  • ささゆりの湯キャンプ場/予約なしで利用できる岐阜の温泉キャンプ場

    岐阜県にある「ささゆりの湯キャンプ場」。

    平日に何度か利用している、お気に入りのキャンプ場のひとつ。
    ここはフリーサイトが予約なしで利用できるのが大きな特徴で、先着順で好きな場所を確保するスタイルになっている。

    予約不要のキャンプ場は意外と少ないので、「思い立ってすぐキャンプに行きたい」という人にはありがたい存在。

    サイトは林間というより、学校の運動場や公園の広場のような開けた雰囲気。
    緑に囲まれたキャンプ場が好きな人には少し物足りなく感じるかもしれないけれど、その分空が広くて開放感がある。

    設備面も快適で、トイレはとても綺麗。
    そして何より嬉しいのが、温泉が利用できること。

    キャンプをしていると、どうしても体に煙や匂いがつく。
    そんなとき、すぐ温泉に入れるのは本当にありがたい。

    タオルは現地で購入することもできるけれど、少し薄めのタイプ。
    しっかりしたタオルを使いたい人は持参していくのがおすすめ。

    暖かい季節で人が少ない平日には、鹿が降りてきてこちらの様子を見ていることもあった。
    そんな瞬間も、自然の中で過ごすキャンプらしい時間。

    夜は焚き火を囲みながらお酒を飲み、パートナーとこれからの人生の話をした。

    これからこうしていきたい、という彼の話を聞きながら、
    その未来の隣に自分はいるのだろうか。
    支えていけるのだろうか。

    そんなことをぼんやり考えていた。

    でも気づけば、
    最初から最後まで完璧にハッピーじゃなくても、この人と一緒にハッピーを作っていけたらいいなと思っていた。

    …そのあとはお酒も進み、正直記憶はかなり曖昧。笑

    そんな夜も含めて、思い出に残るキャンプになった。

    自然に癒されて、温泉にも入れて、ゆっくり時間を過ごせる。
    思い立ったときにふらっと行きたくなる、そんなキャンプ場。

  • マンジャロを打つと決めるまで/体型コンプレックスと私の選択

    マンジャロを打つことに対して、きっと賛否両論あると思う。

    私自身も、かなり悩んだ。  

    友人や恋人に相談しても、返ってくるのは「やめた方がいい」という言葉ばかりだった。

    それでも、どうしても一度考えてみたかった理由がある。

    思い返すと、幼い頃からずっと体型にコンプレックスがあった。

    兄弟も両親もみんな細い。  

    そんな家庭で育った私だけが、少し大きかった。

    「なんで私だけ?」

    そう思う人もいるかもしれない。

    でも、私は生まれたときから兄弟より体が大きく、そしてよく食べる子だった。

    家族の中でどこか孤立していた私は、  

    食べることだけが、周りから認めてもらえる方法だったのかもしれない。

    みんなが残したご飯を祖母が見て悲しそうな顔をする。  

    だから私は一生懸命食べた。

    そうしているうちに、  

    いつの間にか「よく食べる子」と言われるようになった。

    小学生の頃には体も大きくなっていた。  

    といっても、今思えば標準くらいだったと思う。

    それでも、一番優しくしてほしかった両親や兄弟からは  

    「太りすぎ」と言われることが多かった。

    その言葉は、ずっと心に残っている。

    中学生や高校生の頃、一時的に痩せたこともあった。  

    でも、兄弟のように細くなることはできなかった。

    悔しかった。

    「努力が足りないんだ」と思った。  

    食べることに執着して、涙が出ることもあった。

    ただ、一度でいい。

    細い自分を見てみたい。  

    自分で自分を認めてあげたい。

    そう思って、たくさん悩んだ末に  

    マンジャロを使うことを決めた。

    この薬は本来、糖尿病の人のためのものだ。  

    間違った使い方だと言われることもあると思う。

    それでも私は、  

    「自分をもっと好きになるための選択」として使いたいと思った。

    ダイエットを誰かに勧めたいわけではない。

    ただ、自分を好きになる方法を  

    頭ごなしに否定されたくないと思っている。

    周りが何を言っても、  

    自分の人生を生きていくのは自分だから。

    覚悟と責任を持って、  

    自分の選択をしていきたいと思う。

  • 久しぶりあった友達と合わないと感じた理由

    久しぶりに友人と飲みに行った。

    大学生の頃、一緒に勉強して、同じ仕事を目指して、将来の話を何度も語り合った友人。
    あの頃は、同じ方向を見ている感覚があって、話しているだけで安心できた。

    だけど久しぶりに会うと少し戸惑いを感じた。

    私はもう転職を考えている。
    今の仕事をこのまま続けるのか、別の道に進むのか、そんなことばかり考えている。

    一方で友達は将来の話より、今を楽しむ話が多くて、彼氏の話も「まだ遊びたい」が前提だった。

    きっとどちらが正しいとかじゃない。
    ただ、進んでいるスピードも、見ている未来も違ってきているんだと思う。

    正直なところ、少し幼く見えてしまった自分がいた。
    でも同時に、そんな風に感じてしまう自分に悲しくなった。

    きっと向こうも、私の話を聞いていて楽しくなかったんだと思う。
    実際、帰り際の空気は少し重くて、どこか噛み合わないまま別れた。

    仲が悪くなったわけじゃない。
    でも、昔みたいに何も考えず笑い合える感じでもなかった。

    大人になると、環境も、考え方も、人生の優先順位も変わっていく。
    同じ時間を過ごしてきた友達でも、ずっと同じ方向を向いていられるとは限らない。

    こうやって友人って減っていくのかなあ。少し寂しい。

    だけど悪いことじゃないと思いたい。

    無理に合わせ続けるより、
    今の距離感のまま関係を続けていく方が、きっとお互いに楽なんだろう。

    あの日のモヤモヤは、衝突じゃなくて、
    お互いがそれぞれの人生を歩き始めている証拠だったのかもしれない。

    明日も頑張ろう。